• あぷるば

家が欲しい

最終更新: 2020年9月14日

部屋の更新をした、今の家に移り住んでから、かれこれ12年が経つことに。

全く、そんな風に感じないところが怖いところですが、よもや、まさかで、人生の中で一番長~く住んだ場所となってしまった(汗)

その前に住んでいた横浜のスペースは、もうこれ以上ここにいてはならない!という緊急事態により、まるで逃げ出すように今の土地にはやってきた。

あまり時間を掛けてもいられなかったので、とにかく選び方としては消去法。これまでに住んだことのない沿線で、都心から付かず離れずの距離で、家賃が無理なく払えて、バストイレは別で…云々。

ただ、なるべく早くとは言っても、きっと一~二ヶ月くらいは掛かってしまうんだろうな~ と覚悟はしていたのですが、実際は部屋探しにきた当日、最後の最後に今の家をするっと引き寄せたのでした。

自分の隠れ家のような(全然隠れてないけど)住処となった、古い小さな家。


一度だけ“この家を出なければ”という考えがよぎったのは、原発事故が起きた時。

3.11の前後はちょうど失業状態だったので、まるごとサバイバルの問題としてパニックしてしまい、もう家の維持なんて無理。ひとまず親のところへ身を寄せるしかない…と、一晩かけて荷物をまとめて、カバンを持ち、呼吸を整え、さあ!よし!家を出るぞ!!!と、気合と共に扉に手をかけた、その瞬間。

突然、ほとんど使っていなかったはず固定電話が急に鳴り響いて、みごとに気合が足元から崩されたのでした(笑)

あの電話が鳴り響いた時、何故かフッと「あ、存在は私を東京に居させようとしている」と感じたのでした。

その後、強い余震が何ヶ月も続いたのですが、一度トータルに全身全霊で行動したことにストップがかかったという、その全体のプロセスのおかげで余計な感情が落ちたらしく、ずっと恐怖に怯えながらもパニックまでには至らずに済んだのでした。

確かに、この家に残っていなければ、タロットや数秘を教えるとかワークショップをやるとか、小さいながらも企画を自分でやるという動きは、全く起きてこなかったと思う。


ただ、それでも3.11の頃から比べると、確実に台風の規模が強くなっているので、最近しみじみ思うのは「災害に強い家に住みたい」なのでした(笑)

揺れに耐えて、火に耐えて、水に耐えて、地上を走って、空も飛べるやつ(どんなだ)




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